かがわマラソン体験記・後編 ~うどんよりコシのある42.195km~
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― 大会当日、39キロ地点の孤独
薄曇りの隙間から射す陽光が、もはや応援ではなく物理的な重圧となって全身にのしかかる。
時計の数字は「5分57秒/km」。サブ4(4時間切り)という目標が、指の間から砂のように零れ落ちていく。沿道の熱い声援とは裏腹に、私の耳に届くのは、肺の奥で鳴り響く荒い呼吸の音だけだった。数時間前まであんなに愛おしかった「走ること」が、今はただ、一歩を刻むだけの苦行に変わっていた・・・。
― 前日、静かなる連帯感
思い返せば、前日の高揚感は格別だった。
夕方にエントリーを済ませ、エナジージェルを買い込み、街の牛丼屋へ。そこには、同じような面構えをした男たちがいた。会話はない。だが、チラリと視線が合うたびに「お互い、明日はやったりましょう」と無言の乾事(かんじ)を交わし、空になったどんぶりを残して足早に家路へと消えていった。
「気合と根性」という泥臭い感情と、「1キロごとのラップ」という冷徹な数字。この両極端な世界を極限状態で味わえる。それがマラソンの魅力。そう呟きながら目標サブ4という「市民ランナーの勲章」を夢見て眠りについた。
― 祝祭の号砲と、一変する風
当日、スタートの空砲と同時に、港からは小豆島行きのフェリーが大地を揺るがすような汽笛を鳴らして出港した。乗客たちがデッキから身を乗り出し、「頑張れー!」と手を振る。それに歓声をもって答えるランナー達。街全体が共犯者のようにレースを盛り上げる、香川ならではの温かさ。

20キロを過ぎ、折り返してくるトップ集団の圧倒的な熱気に「頑張れ~!」と声を上げ、自分もまたその熱の一部になっていた。
しかし、26キロ地点。川沿いに入った瞬間、景色は一変した。
河口から吹き抜ける容赦ない強風。それが魂を削り、体力を奪う。焦りから口にしたエナジージェルは、ただ甘ったるく口内にへばりつく。心が折れかけたその時、救世主が現れた。
エイドステーションの「うどんの出汁」だ。しかも冷たい。
一口含んだ瞬間、豊かな出汁の旨味と塩気が、粘ついた甘みを一気に洗い流してくれた。五臓六腑に染み渡るその味に、再び前を向く勇気をもらった。
― 終焉、そしてゾンビたちの行進
終盤、うどんエイドに並ぶ先行ランナーたちを横目に、私はタイムを優先し、涙か汗かわからぬ塩味を噛み締めて足を動かし続けた。
40キロ過ぎ、スタート時に笑顔で駆け下りたあの坂道が、今は「殺意」を覚えるほど憎らしい壁となって立ちはだかる。やっとの思いで室内のゴールラインを越えた時、込み上げたのは達成感よりも、「やっと終わった……」という安堵だった。
記録は4時間6分。
サブ4にはあと6分届かなかった。この「6分」という壁の厚さを思い知り、清々しいほどの完敗を喫した。
帰り道、足が上がらず身体を揺らしながら坂を下る私の周りには、同じように「ゾンビ」と化したランナーたちが溢れていた。

「新しいことに挑むのは、なんて残酷で、なんて素晴らしいんだろう」
レース後、一番の難所となった帰りの坂道を下りながら、私はもう、次の一歩をどう踏み出すかを考え始めていた。



